どんよりをクリアに

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なんとくなくどんよりした気分でございます・・・。理由は諸々あるけれど、きっと仕事に関することでしょう。そして動けていない自分のことでしょう・・。

役割以上、評価未満

みなさんは仕事をしていて、自分の役割ではないのでは??と思うようなことはないでしょうか?  例えば部署は別なのにヘルプとして手伝っているような時や、誰かの業務分を余分に手をつけてしまっていたり・・・ そういう感覚をうっすら抱えているとどんよりした気分を味わってしまいます。

僕の場合は、評価が欲しいわけではないと言いたい、格好つけたいのですが、加重が増えていくとどうにも納得感というか、労り感を欲してしまうというちょっとめんどくさいゾーンに入ってしまいます。 こういうゾーンに入った時の対処方法は食べる・寝る・言葉を吐き出すに限ると思っているのですが、食べても味を覚えていなかったり、寝るまでに時間を要したり、言葉を吐き出す場が見つからなかったりと自分を追い込んでしまう傾向にあります。ということで、ブログに書いてきているのですが、なんとも後ろめたさがあるのが残念なところです💦

一歩手前の口癖

僕は2年くらいに一度、休職を経験しています。朝目が覚めると身体が動かず・・這うようにして携帯のアラームを止めに行こうとしていたみたいなのですが、奥さんに止められそのまま休職することになりました。その時の職場について考えていたことが「寒い・眠たい・帰りたい」でした。

この三拍子揃って、語呂がいいのか口ずさむように毎日毎日言っていたことを今でも覚えています。 この言葉を言い出すと、だいぶ危ない状況です。最近も時々言ってしまっている自分に気づく時があるのですが、同じ言葉を繰り返している自分に気づいた人は要注意かなと思います。まあ自分のことなのですが・・・

一人の思考の行き着く先は?

脳科学的にいうと、一人で考え事をしているとマイナスの方向に進んでいくことが大半だという話です。僕たちの祖先は、勇敢な人間というよりも、今よりも過酷な環境や危険の中で逃げ延びてきた人たちだからです。過酷な環境や危険の中で生き残るためには危険を察知できなければなりません。それはどういうことかと言うと、要は不安を感じやすい感受性を持っていたということだと思います。

行き着く先は、不安ということです。なんと残念なイメージ笑

それでも、不安を感じれば準備をするし、マイナスに考えていたらプラス思考になろうとします。その間にいる時、自分の状態に気づけない時が一番危ないのではと思うのです。僕の身体が動かなくなった日の脳内では「動け!!!」と何度も何度も叫んでいました。それを身体は許してくれなかったのです。 僕たちの心と身体が調和している時にきっと感情と動きが一致するんだと思います。

それならば思考の行き着く先は、『感情+動き』であれば良い方向に行くのではないでしょうか??しんどい時は、とりあえず動いてみる。すると感情が感じ始める。そんな風に人間とは状態に適応していくのだと思います。しんどい時は手、足、口なんでもいいから動かしてみるべきなのかもしれません。

遠くに行きたいの遠くとは?

僕も含め多くの人がよく「遠いところに行きたい」というような発言をします。よく聞くのは心が疲れている時なのですが、本当に「遠くに行きたい」のでしょうか??

実際は違うのではと思っています。「遠く」=「誰も知っている人がいない場所」なのではないでしょうか?? 「遠くへ行く理由」を考えた時に、誰にも会いたくない・・という感情があると思います。それはなぜか、自分を知る人に対しては自分を演じなければならないからです。

僕たちは、知らずか知ってかありとあらゆる場所に適応して、その場に適した役を演じています。それは、友人として、家族として、仕事として、お客としてなど、ありとあらゆる場面に合わせてしまうのではないでしょうか??

だからこそ「遠くへ行きたい」→「自分を知らない、そして会っても2度と会わない場所」行くことで解放的な個人として動き、言葉を発し、自由に過ごすことができるのではと思うのです。

そういう場所を求めて動いてみることで、きっと自分の何かが知らない場所で落とされていくのではないかと思うのです。

知らないお店で知らないものを

結果何が言いたいのかわからないですが、なんとなく思ったのは「知らないお店で知らないものを注文して、知らない店員さんにおすすめも聞いてみよう」と思っています。 知らないお店ではきっと知らない人と出会います。知らない味のものを注文すれば、知らない味と出会ってきっと感情が動き始めるでしょう。そうやって、無理やりというよりは意図的に動きをつけていく必要があるのかなと思うのです。

案外、自分の家の近くにも行ったことのない店はあるのかなと思います。そこでの出会いが何かを変えるかもしれないし、ふわっと終わるかもしれませんが、それはそれでいいのかなと思います。自分ですると決めたことをできたことがきっといい状態だと思うからです。

自分で決めたことを選択できたことを喜べる体験をしていこうと思います!

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